山頂で会いましょう

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かまど山、天覚山、大高山(埼玉県)


世の中は新型ウイルスの蔓延により外出自粛ムード。ただし、青山には関係ありません。普段通り山には出掛けます。(文末にコラムあり。青山のウイルス騒ぎに関する個人的意見を述べています)
今回は埼玉県飯能市の西側、秩父方面に連なる低山地帯。ここを「飯能アルプス」と呼ぶそうです。相変わらず低山。楽しいです。しかし長い行程のため、3回に分けて紹介します。
2020年4月11日土曜日。自宅を出て電車に乗り、渋谷、池袋を通過して、西武池袋線で武蔵横手駅へ。電車は空いています。全行程で席に座れたのは初めてかもしれません。もちろんウイルスの影響でしょう。この時期こそ山に登って健康維持をはかりたいものです。
駅を出て川を渡り、南側の峰に向かいます。辺りの住宅地は都会と違ってのんびりとした雰囲気です。標識に従って進むと、けもの避けの柵があります。潜って山道に入ります。しばらくして急登。上れば「三角天」ということろに到着。”三角点”ではなく、”三角天”です。地元でそう呼ばれてきたそうです。先へ進むと間も無くかまど山山頂です。(漢字では「釜戸山」と書く) 後から一人登山者が現れました。展望はありません。
すぐに下山。ここから南側に道があり、その先を進むと稜線に出ます。ただ道が急なため、来た道の調度反対、東の方向、武蔵横手駅と書かれた標識に従い山を下りました。しばらく下ると道が鋭角に曲がっています。まっ直ぐ進むと行き止まり。この辺りは林業関係の作業道が多いため注意してください。標識に従って尾根を降ります。進むと林道に出ます。この沢沿いの林道を上ると、その先から登山道になり、さらに上ると稜線に出ます。右を進むと天覚山。左へ進むと多峯主山です。今回は山を下りるつもりで左に向かいました。途中小さな社がある久須美山、ケルンのある永田山を通過。その先にて家々の屋根が見えます。もう麓に近い感じです。ここまで来て遭難することはない?でしょう。最後に階段状の道を下り、車道に出ます。ここが「飯能アルプス」の入り口。車道を横切れば、昔登った多峯主山です。車道に沿って進み、名栗方面の道との交差点を飯能駅方向に少し進むと「永田会館」のバス停に着きます。バスで飯能駅へ。
帰りに有名な渋谷駅のハチ公前交差点を視察しました。普段よりも人通りは少な目ですが、人は歩いています。猫一匹いない状態ではありません。週末ですからね。人が出ているのは当前です。

2020年4月19日日曜日。めずらしく日曜日に出掛けました。日曜日だと明日が会社。何かあったらまずいから、いつもはもっぱら土曜日です。ただし、今回土曜日は大雨のため翌日に変更。明日は月曜日ですが、最近在宅勤務のため家におります。
同じように西武線で今度は一つ先の東吾野駅へ。日曜日とあって若干の登山者がいます。大抵は駅の北側の「ユガテ」方面に向かうのだと思います。線路を越えて、「天覚山」の標識に従い林道を進む。しばらくして道が分岐していて、右が尾根コース。左が沢コース。尾根と沢の分岐に出たら、大抵尾根道を選んだ方が無難。尾根道はアップダウンがありますが、比較的緩やか。反対に沢は途中から尾根に上がる登りが急です。青山は沢道を進みました。途中配水場を過ぎ、その先で峠越えの車道に出ます。そこからは沢沿いの急登が続きます。前日の雨のため道が川のようです。急坂を上りきったところで尾根道に出会いました。ちょっとした広場があり、昔の神社跡(両峯神社跡)を見つけました。右の道を進むと稜線出ます。右へ進むと大高山です。左には岩山があり、上り切ったところが天覚山山頂です。
展望はまあまあです。都心方向。後ろには奥多摩や秩父の山々が眺められます。久須美坂方向へ下山。ここが一番急です。周りの幹に手を掛けながら恐る恐る下る。以前ならこんな坂など大したことはない。たた今の青山にとって下りは難所です。ステッキを突き時間を掛けながらゆっり下る。何とか転ばずに済みました。まあ低山ですから骨折はないと思いますが、転べば衣服を汚します。
尾根に沿って先を進みます。しばらくして送電性の鉄塔に出会います。道を右へ折れて車道に出ました。自動車の他、サイクリング自転車で峠越えをしている人も通過していきます。少し先が「東峠」。そこからまた登り。ここ秩父や奥多摩は石灰質の山が多いためか、アルプスに比べれば低山ですが、アップダウンは意外と多いのです。
いくつかの上り下りを経て、前回訪れたかまど山方向の分岐を過ぎ、さらに進むと武蔵横手駅に下る道に出会いました。しばらく進めば林道ですが、そこに降りる坂が意外と急。前日の雨のためぬかるんでいます。滑りそう。昔ならこんな坂、あっと言う間に駆け下れるのですが、今回はパス。前回同様飯能方向へさらに尾根を進みました。途中でようやく休憩。丸太に掛けてジュースを口にする。駅を出てから3時間以上歩き放しでした。
永田山を過ぎ、住宅地の横を通過して、前回同様「永田会館」のバス停へ。

2020年4月25日土曜日。飯能アルプス最後の大高山です。
 いつものように渋谷池袋を経由して飯能方面へ向かいました。電車は相変わらず空いていますが、本日は土曜日のためか先週より多少混んでいました。西武線吾野駅。数名の登山者が降りていきました。駅から秩父方面に少し進み線路の下を潜ると、その先に「吾野湧水」があります。その横が登山口。最初から急登。途中トレイラルランニングの格好をした3人組に抜かれました。少し上りが緩やかになり、先を進むと稜線に出ます。ここが「前坂」。右に進むと「子ノ権現」、その先が「伊豆ヶ岳」です。
左に進むと間も無く林道を越えます。さらに稜線を進む。いくつかピークを巻く道を通過。その先で道間違いを犯しました。巻き道と思い左の道を進むと、もっぱら下りになりました。道の感じから途中で間違いに気付き、分岐点まで戻って、あくまで尾根に沿った正規の道を進みました。この辺りは低山のため作業用(主に林業)の道がいくつもあります。正規の登山ルートと思い作業道に迷い込んでしまうことが度々起こります。正しい道を見極めるのはある程度経験が必要です。まあそれも低山の楽しみでもありますが。
その先には多少危険なキレット(左右が落ち込んでいる狭い道)があり、最後に木の根が張り巡った急坂を上り切るとそこが大高山山頂です。山頂は狭い。展望はあまりよくありませんが、今回のルート中では最高地点です。
程なくして下山。その先の大岩で、標識を見逃した精か、またまた道間違いを犯しました。どうやら別の尾根を下ってしまったようです。進むと間違いに気付きました。大岩まで戻り、標識に従い左の尾根に。このようにピークにはそこに通じる尾根が複数存在することもあるため、標識を確かめながら正しい道を選びましょう。この先もアップダウンは続きます。高低差はあまりありませんが、急なところもあります。このアップダウンで思いの他時間を要してしまいました。
やがて、前回来た天覚山真下の広場(両峯神社跡)に出ました。ここから下る道が分岐します。前回は沢コースから登ったので、今回は尾根コースを下ります。一般的に尾根の方が傾斜が緩やかですが、ここはなかなか急です。ただし尾根の道の方が展望が利くため安全です。もっぱら林の中の下りですが、途中眺めの利く開けたところに出ます。最後にはロープを張った急な下り。そこを下ると林道に出て、その先で沢コースと合流。さらに下って東吾野駅に。
帰りに例のごとく渋谷駅のハチ公前交差点に立ち寄りました。前回よりも人が多い。何となくうれしい気持ちになりました。

これでこのシリーズ(飯能アルプス縦走)は終わりです。本来ならば一日で余裕に歩ける行程ですが、今回3日間に分けて紹介しました。

以下、2020年4月11日に撮影
写真1 武蔵横手駅      
写真2 かまど山へ標識    
写真3 けもの避け柵を通過 
写真4 登山道         
写真5 三角天         
写真6 かまど山山頂     
写真7 山頂のベンチ     
写真8 下山方向       
写真9 林道に出る      
写真10沢沿いの道を上る  
写真11稜線に出る      
写真12永田山山頂      
写真13住宅地の横を下る  
写真14飯能アルプス入り口 
写真15永田会館バス停   
以下、2020年4月19日に撮影
写真16東吾野駅       
写真17天覚山方向へ    
写真18林道を進む      
写真19尾根コースとの分岐
写真20配水場の横を通過 
写真21急坂を進む      
写真22尾根コースと合流  
写真23両峯神社跡     
写真24大高山への稜線  
写真25天覚山山頂     
写真26山頂から街方向  
写真27山頂の様子     
写真28山頂から山方向   
写真29山頂からの下り   
写真30車道に出る      
写真31東峠          
写真32かまど山方向の分岐
以下、2020年4月25日撮影
写真33吾野駅        
写真34大高山天覚山方向 
写真35吾野湧水       
写真36大高山登山口    
写真37林の中の急坂    
写真38前坂          
写真39林道に出る      
写真40キレット地帯      
写真41大高山への上り   
写真42大高山山頂      
写真43山頂から       
写真44大岩           
写真45尾根コースへ    
写真46尾根コースの下り  
写真47下山途中から   
写真48急な下り       

★コラム「ウイルス騒動について」
 今回紹介した山々を登った時期2020年4月、世界中で新型ウイルスが蔓延、国内でも不要不急の外出を自粛するよう呼びかけていました。が、青山にとって登山は不要ではありません。(確かに不急ではありますが) 山に登らなくても生きていけるだろう。もちろんです。しかし家でじっとしていても人間は死にます。本当に不要なら、ウイルス騒ぎがなくても行きません。青山にとって山へ行くことは単なる余暇ではないのです。今回のウイルス感染がなくても、毎日のように人は死んでいます。人間誰でも死ぬときは死ぬ。それだけは未来永劫変わりません。もしどうしても死ぬのが嫌なら、生まれてこなければよかった。ということになります。
当局(政府や自治体ほか)が、「ウイルスの感染を防ぐために、不要不急の外出を控えましょう」と言うだけなら何も文句は言いません。もっともだと思います。気にくわないのは、その後に、「みんなのために」とあることです。つまり、自分一人が犠牲になるのは自由。ただし、その自分の行動が周りや社会あるいは国家全体に損害をもたらす。「一人の人間の勝手な行動が、社会全体の迷惑につながる」と言いたいのだ。しかしこれでは家族や友人を人質にされているようなものです。
「みんな我慢しているんだから、お前も我慢しろ」と。そんなことを言われる筋合いはない。みんなが我慢しているからと言って自分も我慢しなければならない理由はない。我慢していることが不満なら、我慢しなければいいだけ。我慢すると言っても、一体”何のために”我慢しなければならないのですか?「我慢しろ」と自分自身に言い聞かせるのはいいのです。他人に向かって言うと余計なお世話になる。青山はあなたに向かって、外出しろとも外出するなとも命令した覚えはありません。
むろん青山を特別扱いしてもらわなくても結構。青山は人よりも得をしたいなんて気持ちはまったくありません。そんな浅ましい人間ではない。否、生活に困っている人、弱い立場の人、子供やお年寄り、障害のある人、他今すぐにでも救わなければならない人を優先てしてほしい。逆に社会的地位のある奴、資産家ども、身分の高い連中、特権階級を優遇するなどもっての他。特別扱いしたらただじゃ置かない!!
我慢させられている者にとっては、一人世間の流れに従わない人間の存在が腹立たしいわけです。何か命令に従っている(誰も命令などしていないのだが)自分が損を強いられているようで不快なのです。だから大勢に逆らう人間が許せない。徹底的に攻撃するわけです。でも、それでは中世の”魔女狩り”と同じです。自分が不利益を強いられている原因をそこに求める。間違っています。あなたは戦うべき相手を間違えています。社会の背後にいる権力者たちです。既得権益者です。支配層です。連中は自分たちに攻撃の鉾先が向かないように巧みに民衆を誘導している?のです。あなたはそれに騙されているだけです。
外出自粛は命令ではなく要請、つまりお願いです。(逆に当局による支援もない) 外出するかしないかはあくまで自己判断です。誰もあなたに命令などしていません。ただ万が一感染したらそれはすべて自己責任です。その時あなたは死ぬほど苦しむかもしれない。あるいは命を落とすかもしれない。健康な時はまさか自分が感染するなんて思わなかったかもしれない。しかし今更後悔しても遅いのです。病を甘く見てはいけません。余計なお世話かもしれませんが。
あなたがもし大人なら、不要な外出などあり得ないはずです。必要だからこそ外出するはず。当たり前です。子供じゃあるまいし、不要なのに出掛けるバカがいますか?何が不要で何が必要かはあなたが判断することです。誰もあなたに指図はしません。青山としては、家の中ばかりいて仕事もせず一日中インターネットを見ていたら気が狂ってしまう。だからせめて週末は山に行き健康維持をはかるのです。あなたも外出したければ遠慮なく出掛ければいい。逆に感染するのが心配なら家の中から出なければいい。判断はもちろん自分がするのです。大人なんだから。
「もし青山と同じように、みんなが外出するようになったら、感染が莫大に広がり社会は大混乱するだろう」。そう言われるかもしれませんが、もしもそうなったら逆に青山は家から出ませんね。会社に来いと言われても休みます。敢て感染のリスクを冒すわけがありません。青山自身が今外出することは危険と判断したわけです。それ以上に青山は政府に強く要請します。このままでは社会が混乱するから、「外出禁止令を出しなさい」とね。それも社会人として当然でしょう。何事も自分で判断する。プライオリティーをつけて、今何を優先し何を後回しにするか?どうすべきかは自分が決める。当たり前です。
それはともかく、「みんなのために外出を控えなさい」、青山はこんな言い方には、徹底的に逆らう。権力からの一方的な命令には死んでも従わない。この反抗精神だけが青山の唯一の”取り柄”だと思っています。人に合わせなない。自分はあくまで自分。周りがそうしているから、自分もそれに倣う。そんなことは嫌いだ。青山は自粛などしません。
山は都会よりも感染リスクが低い。しかし青山の場合山へ行くためには、渋谷新宿池袋という東京の名だたる繁華街を通過します。いや、それも目的です。世の中の実情をテレビの映像だけを見てただ信じるのではなく、現実を直接の目で見て確認するのです。
無論青山はわざと感染しに外出するわけではありません。次のことを心がけ最低限の防衛策を取っています。人との接触を避ける。手洗いうがい。マスクの着用。しかしそれでも絶対に感染しないという保証はありません。当然家から一歩も出ない方がリスクが低いでしょう。従って以下の点をあくまで自己責任として覚悟しなければなりません。
(1)万が一感染した際、病院で治療を受けられない可能性がある…病院の逼迫状況下において
(2)万が一山で事故(滑落、骨折等)に遭っても、救援が来ない可能性がある・・・ウイルス対策を優先しているから
(3)万が一自分が感染し、それがもとで家族や同僚に感染させてしまった場合、周りからの非難を甘んじて受ける
即ち山はあくまで自己責任の場です。歩き始めてから終わるまで、常に進むか退くかの選択を迫られているのです。
特に(3)を恐れて外出しない人もいるかもしれません。この社会にあっては、「俺は死んでも構わない」は通用しません。隣人のことも考えるべきです。しかし非難を恐れていては何もできない。この世界は何をしても周りから非難されるのです。非難されるのが嫌なら、生まれて来ない方が良かっただけです。いずれにしても青山は後悔しません。
即ち感染するかしないかは確率の問題です。どれだけ万全な策を講じても感染しない保証はない。もしも感染拡大を絶対的に阻止しようと考えるなら、当局の強い権限によって外出禁止令を出し、強制的に従わせるなどの措置を執ればいいだけです。そうであれば青山も敢て逆らうようなことはしません。当局が中途半端で責任をあいまいにした消極的な措置を執っているから、青山としては従わざることは従わない。ただし、もし当局が強制措置を執るなら、公金を惜しみなく投入して市民の生活を絶対的に保障する必要がある。そのことに全面的な責任を負う。もはや既得権益の保護、現体制の維持など考慮している場合ではない。万が一既存の社会体制が崩れ去っても市民の命だけは絶対に守る。弱い立場の者を救済する。そうでなければ政府など必要ない。
貧しくなったっていいのです。みんなが貧しくなれば。一部の特権階級だけが相変わらず裕福な状態だけはぶち壊さなければなりません。しかし、
当局が何の責任も取らない、何一つ救済策がない状態では、もはや当局などあてにせず、すべて自分自身で状況を分析し、自分の判断で行動するしかないのです。
青山は羊ではありません。自分の意志で行動する”人間”です。

    
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