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科学とは、「自分に素直になること」


 これまでこの「科学概論」を読んでこられた皆様は、青山がここで何が言いたいのかさっぱり分からないとおっしゃるかもしれません。
文章が理解できないと。それはこの青山の文章が稚拙だからに他なりません。もっと文章がうまくなりたいと思っていますが、なかなか思うようにはいきませんね。ただし今後とも努力していきたいと思っています。

ただここで皆様に是非分かってほしいことがあります。「科学では幸せになれない」とか「科学は駄目だ」という人は、科学について誤解されていると思います。だから本当の科学を知ってほしいのです。
「だったら科学って何?具体的に何をすればいいんだ?」と問われると思います。
前にも話しましたが、具体的にどうしたらいいのか、それはあなたが答えることです。青山が答えたら青山が科学をしたことになり、あなたは科学をしていないことになります。すると青山は幸せになれますが、あなたは幸せにはなりません。なぜならあなたは科学をしていないからです。
科学するということをたった一言でいうと、こうなります。

「自分自身に素直になること」

「なんで科学が、『自分に素直になること』なんだ?」と疑問に思われるかもしれませんが、自分に素直になるとは、解らないことは解らない。信じられないことは信じられない。見えるものは見える。見えないものは見えない。いたものはいた。いないものはいない。と正直にありのままを確認することです。即ち目の前の現実が全てであるという考え方です。前にも話した通り、どんな理由があろうと、嘘は嘘。嘘に意味や価値はありません。それが真実なら、素直にそれを受け入れるべきです。それが科学をする者の態度です。
真実であっても認めたくないものってありますよね。それは誰にでもあると思います。例えば、あなたがガンで余命1ヶ月とか。あなたの親は死刑囚だったなど。しかしそれが事実なら事実あり、仕方がないことなのです。それを曲げることはできません。科学は真実から目を背けたら何もできないのです。(補足)
自分に素直になるということは、疑問があれば調べる。疑問点、引っかかる点はそのままにしておかない。どんな些細なことでも、気がかりな点は納得するまで調べつくす。科学の手法を使えば必ず答えは出ます。
自分で解らなければ人に聞く。よく子供が大人に質問します。「ラジオからどうして音が聞こえてくるの?」大人たちは解らないと嘘をつく。「中に小人がいるんだよ」もちろん子供はそれを信じます。大人だって何でも知っているわけではない。分からないなら素直に「僕も分からない。だから一緒に調べよう」といえばいい。子供から「パパ。そんなこともわからないの?」と言われるのが嫌で、それとも忙しくてそんな子供の質問に答えている暇はない。だから適当にごまかす。科学では、嘘をつくことはそれがどんなに小さいことでも犯罪に匹敵します。嘘をつくよりも解らないと答える方がよっぽど科学的です。
ところでテレビはどうして視れるんですか?自動車はどうして走るんですか?まさかそれを知らずにテレビを視ている?それを知らずに車を運転している?「仕組みを知らないでテレビを視ちゃいけないのか?」人間として褒められたことではないですね。あなたは知らないのですか、テレビは洗脳装置ですよ。凶悪犯罪を犯した者の多くが子供のころテレビを視ていたのです。車が動く仕組みを知らないで運転したら必ず事故を起こします。いいや、何もテレビを視てたら犯罪を犯すとは限りませんよ。それは偏見です。
青山が言いたいのはこうです。テレビを視る際に、もちろんテレビ内部の電子回路すべてを知っている必要はありません。このリード線にはどういう信号が流れているか?あるいはこのコンデンサーはどう動作するのか?そんなこと一々理解するなんて無理です。ただしテレビも車も動作するには理屈がある、それなりの仕組みがあることを知ってほしいのです。魔法の道具ではない。そんなことは当たり前だという人に質問します。ではテレビはどうして視れるんですか?それを子供たちに説明できますか?
  
さらに、科学を実践するには、以下のステップを踏むこと。

(ステップ1) 現実を直視する
現実の中には見たくないもの、目を背けたいものもあるでしょう。しかし科学者たる者勇気を出してそれを見る。ありのままの姿を見る姿勢が重要です。

(ステップ2) 感情を素直に表現する
目の前の現実を見たとき、人間であれば誰しも感情が働きます。可哀そうな人を見たら、「可哀そうだ!」という思いが湧くでしょう。理不尽な様を見て怒りがこみ上げてくることも。その感情をごまかさずにありまま表現すること。人間は理性的な動物じゃないんです。理性などごまかしですよ。感情を正直に表してこそ人間です。

(ステップ3) 感情が湧いたら行動する
先ほどの「可哀そうだ」という感情が湧けば、「何とかしたい」、「何とかしてあげたい」と思うのが人間です。その際具体的な行動をとることです。そうしなければ効果はありません。実際に行動することに意味がある。単なる評論で終わらないように。その際(これまで人類が蓄積してきた)科学の知識(学問上の成果など)が大いに役に立つでしょう。

(結論) 最後に断言します。科学を実践しない者は幸福になれない。仮に犬や猫でも科学を実践するものは幸福になれる。

以上でこの章は終わります。
この「科学概論」の初めからここまでのポイントについて以下の通りまとめてみます。

(1) 人間は誰でも幸せになりたい。そのために生きている。
(2) 幸せになるためには科学を実践する必要がある。
(3) 科学は一部の頭のいい学者がすることではなく、幸せになりたい人全員が科学を実際に行わなければならない。
(4) 科学と宗教は正反対のもの。絶対に混同しないように。
(5) 本当の科学を誤解してはならない。科学とは何かを一言でいうと「自分自身に素直になること」。

ただし肝心なことがまだ抜けていますね。科学はあなたが幸せになる上での有用な手段ですが、科学は、自分にとって何が幸せなのかについては、答えてくれません。それはあなたが答えることです。その際科学が役には立ちますが、答えるのはあくまであなたです。
前に幸福とは一つの現実の状態だと言いました。しかしこの状態が幸福だと判断するのは、結局自分自身の心(精神)です。幸福を心の問題だとすると、幸福とは何か、それは今の現状に対しての心の「満足感」、「安心感」ということになるでしょう。幸せを一つの状態として、人間はその状態を実現するために努力し、その状態を達成した時に満足感が得られるのです。
ただし、その満足感は一時的なものです。すぐにまた次の(より贅沢な))幸福な状態を求める。求めるということは心に満足を得たいから、満足を得たいということは今満足ではないから、つまり不安だからです。
本当に人間にとっての真の幸福ってなんだろう?その最も大きなテーマについては、これからも考えを続けていく所存です。

 次の章からは、いよいよ「自然科学」、「社会科学」の具体的な中身についてお話しします。ただ間違っても誤解してほしくないことが一点。青山はここで、何か専門的なことを読者の皆様にお話しするつもりはありません。青山自身がまったく専門家でも何でもないし、読者の皆様にとってもそんなことに興味がない方がほとんどではないでしょうか?
ここでのテーマははただ一つ「人間と何か?」という問いです。それを青山はあなたに問いかけているのです。従ってその答えはあなた自身が出してください。なぜなら幸せになりたいのはあなた自身のはずですから。青山はその手助けをするだけです。

  この「科学概論」については、これまでも、そしてこれからも、疑問点、不明点、理解不能な点、および文章上の不備な点など多々あるかと思います。今後も皆様からのご指摘を賜りたいと思います。
疑問、質問、意見、反論などどうぞご遠慮なく、どしどしお寄せください。お待ちしております。

(補足) あなたではなく、もしあなたの親しい友人や知人が、「ガンで余命1ヶ月」、「親は人殺し」。その事実をあなたが知った時、それをその人に告げますか?それとも相手は間違いなく悲しむから、黙っていますか?
話す話さないはあなたの自由です。ただし、事実は変わりません。科学を実践するものとして、間違っても嘘はいけません。嘘をついてもいつか相手は真実を知ることになるでしょう。
人間には見たい現実(楽しい思い出)と見たくない(認めたくない)現実(忘れたい思い出)があるようです。失敗した過去は思い出したくない。誤魔化したい。特に今まで自分が(例えばインチキ宗教などに)騙され続けてきた。あるいは正しいと勝手に思い込んでいたことが実は誤っていた。それはあなたにとって人生の失敗です。その事実を認めるのが(精神的に)苦痛なんです。しかし現実を見ずして幸せは得られないと断言して言えます。よく「失敗は成功の基」と言われますが、それは失敗を”失敗”と認めてこそ得るものなのです。

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