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何が生き残るのか


■生物において、どんなものが生き残り、いずれのものが滅びるのでしょうか?
 「強いものが生き残るのではない。賢いものが生き残るのではない。変化するものが生き残るのである。」ダーウィンが言った言葉とされていますが、「ダーウィン君、君はとんだ間違いをしているね。」と言いたくなるような言葉です。
「変化するもの」って何?生物は自ら変化できるような言い方です。これはラマルクの説です。
一体生き残るとはどういうことでしょう?正しくはこうです。
生きているものは皆最後には死にます。従ってすべての生物は生き残れないのです。生き残ろうとする試みはことごとく失敗するでしょう。以上。
ただこれは生物個体についての話。何が生き残るのかについて、生き残るということとはどういうことなのかを改めて定義する必要があります。
生物が誕生から死ぬまでの間、子供を少なくとも1体以上産むことができれば適応(生き残れた)とみなし、1体も残せなかったら不適応(生き残れなかった)とみなす。ここで産んだ子供の数は問題ではありません。たくさん産まなくてもその子孫、すなわち系統(人間でいえば家系)が続いていれば生き残っているとみなせます。たくさん産んでも全員死亡すれば産むだけ無駄です。その時産んだ子が健常かひ弱かなんて問題ではありません。仮に生まれた子がひ弱で大人になるまで生き残れなかったとしても問題ではありません。そんなことを一々考慮していられませんから、あくまで1体以上子供を産めれば適応。
人間の場合もそうですが、結婚して子供を産める(よきパートナーに巡り合って、幸せな家庭を築ける)かどうかなんて結局は偶然の問題です。つまり生き残れるか生き残れないかは偶然の産物なのです。
突然変異は偶然に起こります。そしてもう一つの働き、生き残れるのか生き残れないのかの問題、すなわち自然淘汰も結局は偶然の事象です。今現存している生物の種が生き残ったのはただの偶然に過ぎないのです。
 このようにここでは、”生き残る”ということを子供を産むことと改めて定義しました。ただ一言言わせていただくと、子供を残すことに何か意味があるのでしょうか?子や孫であっても結局は他人です。それは花を育てるのと同じことです。自分が死んでも花は残る。

■生物学でよくある誤解
 この何が生き残るかに関して、よく一般的に言われている誤解をまとめてみました。

1、 高等生物、下等生物
  生物の世界でいう高等下等ってなんですか?何を基準に決めてるのですか?細菌は下等?人間は高等?人間は脳が大きいから?そんな基準誰が決めたんですか?細菌は構造が単純だから下等?だから生き残れない。逆です。細菌の方が(種として)生き残れます。

2、弱肉強食なんていう言葉
 弱いものは強いものに食べられるってことですが、こんなことを言っている生物学者なんかいるんですか?百獣の王ライオンを食べるものっていないの?だったら草原はライオンの死体で溢れています。ライオンだって食べられる。ライオンを食べるのは主に昆虫ですが、その昆虫だって食べられる。主に食虫類の獣ですが、その獣も食べられる。すべての生物は食べなければ生きていけない。そしてすべての生物は誰かに食べられる運命にある。生物の世界に、強いもの弱いものなんて区別すること自体無意味です。
もし人間が鳩を食べようと思って襲おうとしたら、鳩は当然逃げるでしょう。しかし逃げられないとわかったら反撃する。しかない。むざむざ食べられるのをただじっと待つ動物などいません。そんなものは生き残っていないのです。鳩ですら人間を殺すこともある?それが生物の世界です。

3、肉食と草食 
 肉食動物と草食動物、どっちが滅びやすいか明らかです。肉食動物が滅んでも草食動物は滅びません。草食動物が滅んだら肉食動物も滅びます。肉食動物が草食動物を食べるために、肉食動物の方が生き残れるように思えるけれど実は反対です。草がなければ両方死にます。肉食動物が生き残れるのは子供の数を増やさないからです。
肉食動物最強といえばトラやライオンを思い浮かべます。サバンナに住むライオンにとって追いかけた獲物に逃げられたら大マイナスです。無駄な体力を使ってしまったのですから、だからライオンは昼間はもっぱら寝ています。夜になったら狩りに出かけます。体力をできるだけ使わないように、獲物にこっそり近づくために。
群れを作らないトラはもっと滅びやすい。人間による開発のためにトラの住処は狭まるばかり。トラは木陰に隠れてそっと獲物に近づき捕らえるのですが、図体がでかいから相手に気づかれ逃げられてしまいます。それはトラにとって大マイナスです。こんな失態を繰り返していたらトラは滅びるしかない。しかもトラの隠れる森林はどんどん減っています。仕方がないからトラは家畜を襲います。すると人間から駆除される対象になります。そのためトラの数は激減しています。現在人間が保護してやらなければトラは滅びる運命にあるのです。
トラというと強さの象徴として好んでこのトラの名前を使いますが、トラをこの地上から抹殺することなんかいとも簡単でしょう。一番最後まで生き残るのは細菌では?
それと関連して、「野生の世界の厳しい掟(おきて)」なんてよく言われますが、自然界にはそんな掟なんて一切存在しません。まるで野生の世界には、強いものから順番に階級(階層)があるみたい。あるはずがありません。あるのは物理化学法則だけです。鳩がライオンを食い殺してはいけない決まりなんかありませんから。

4、余計な能力
 他よりも脳が大きい、足が速い、など必要ないのに大きな脳を維持する、速く走れる足を維持する、そのために無駄なエネルギーを費やすものは生存にとって不利です。飛ぶ必要がないのに飛ぶのは無駄。鳥にとってはできる限り飛ばない方がいいのです。

5、努力するにはコストがかかる
 勉強する営業マンと勉強しない営業マン、どっちが有利ですか?言うまでもなく日ごろから勉強熱心で商品知識も豊富、顧客のニーズに的確にこたえることができる努力家の営業マンの方が売り上げが勝るのは当然。これが人間社会の常識です。しかしどっちが生き残ると問われたら?生存についてどっちが有利だとは、一概には言えません。勉強すればそれだけコストがかかる。勉強しなければ当然売り上げが落ちるけれども、その分コストも節約している。勉強しすぎて過労死でもしたら何もなりませんからね。
動物の世界でも何もしない。あるいは無駄な仕事はしないものが非常に多い。ナマケモノやカメは動作がゆっくり。普段はただ寝ているだけの動物もいます。その方が有利だからです。

6、数は増やせないが生き残るチャンス
 メスよりもオスの方が体が大きいものがいます。オスはなわばりを持っていてそこにメスを誘い入れて交尾をするのです。オスは自分のなわばりに他のオスが入り込むことを拒みます。侵入しようとした他のオスには容赦ない攻撃を加えます。だから体力の勝った方が有利なのです。したがって体力のない、小さな体のオスには繁殖のチャンスがない?
ある種の魚では、小さな体のオスがメスの振りをするのです。そうすればなわばりを持つ大きなオスに警戒されません。そこで一瞬の隙をついてメスの卵に放精する(受精させる)のです。この方法のことを「スニーカー戦略」と言います。生まれた子供はまたこのスニーカーになるのです。ただし、スニーカーは数を増やせません。スニーカーはもともと体力的に弱いのです。もしスニーカーだらけになったらこの種は滅びるでしょう。

7、オス同士の戦い
 特に哺乳類、有名なところではある種のシカの仲間。オス同士がメスを獲得するために角を傾けて戦います。その戦いはすさまじく、片方が死ぬ場合もあります。勝った方も無傷では済まないでしょう。そして半死半生のままメスと交尾して、その後死ぬのです。こうしてようやく強い体を持った遺伝子を残せるのです。そうしないと種が生き残れないからです。

8、性淘汰
 自然淘汰とは別に性淘汰(これも大きい意味では自然淘汰の一種)というものがあります。有名なクジャクの羽はなぜあれほど鮮やかなのでしょう。羽の鮮やかなものは皆オスです。オスはメスの気を引くために羽を鮮やかにさせた(自らの努力によってではない)のです。こんな無駄なことをしてよく生存していると思いませんか?確かにメスの好みに合わせなければ子孫を残せません。しかしこの羽を作るコスト、それよりも他の捕食者に捕らえられる危険性、メスの気を引くための戦略がかえって障害になり、クジャクは滅びるかもしれない。それを左右するのはメスの好みです。メスがもっとコストの掛からない地味な羽のオスにご執心なら、クジャクはもっと繁殖できるかもしれない。ただし地味な羽の形成で体力が不要ならば逆にオスの生存力が下がります。これだとマイナスです。別の理由として、鳥など地理的に広い生存域に住む動物は、メスにとってはオスを遠方から見つけることが必要であり、そのために目立つ羽を持ったとも言えます。

9、どこまでもラマルク的
 よく科学関係のテレビ番組で、「生きのものたちの挑戦」という言葉を使いたがりますが、まるで生物は自らの意志で困難に立ち向かい、その結果進化を遂げたような感じです。これは皆ラマルクの考え方です。例えば魚が陸上に上がった時、鳥が空を飛んだ時、猿が木から降りた時、それは新たなフロンティアを開拓した挑戦者のようなイメージですが、敢て逆境に立ち向かおうとする暇な生物なんかこの世にはいません。(人間は例外ですが) 陸に上がった魚は本当は大海の方がいいのに仕方がないから(すでにほかの魚たちに居場所を奪われているため)陸に上がったのです。栄養豊富な水中よりも陸の方が生きていくのが苦しいのです。鳥は飛びたくないけれど仕方がなかったのです。敢て飛ぶ方を選択したのではありません。猿が木から降ろされたのは、森林が減ったからです。それは猿にとって嬉しいことではない、ただただ悲しいことなのです。
このような科学番組を視た一般の視聴者は、恐らく誤解することでしょう。

10、方向性進化
 進化には決められた方向などありません。どの種が繁殖し、どの種が滅びるかを決める法則などありません。DNAにはそのような進化の道筋を決める設計図などないのです。もしあるならDNAには生物の将来を決定する情報があらかじめ組み込まれていることになります。そのようなものはもちろんありません。この考え方は一種の神秘主義です。

11、生存競争の頂点を極めたものは滅びる
 ここにAという種とBという種があったとします。AがBよりも優位に立つためには、すべての無駄な(役に立たない)能力を捨てて、今現在の環境(この環境の状態をαとします)に完全に適応しなければなりません。Bはその点でAに負けました。そうしてBは生存競争から退いたのです。ところが環境が変化して(αからβへ)今度はBの方が優位になったのです。その結果Aは滅びました。もしAにさまざまな環境に(αにもβにも)適応する能力があらかじめ備わっていたらどうでしょう。おそらく生き残ることでしょう。しかし二つ以上の環境への適応はコストの浪費です。もし今の環境だけに適応していたCという種がいたら、AはCに生存競争で敗れます。なぜならコスト的にCの方が優位だからです。今はそうなっていない新たな環境にまで適応できる能力は、将来は役に立つかもしれないけれど、今現在はまったく無駄なものです。将来どのように環境が変化するか、それは誰にもわかりません。将来を見越してあらかじめ訪れるかもしれない環境にも適応しておくことは無駄なことです。このようにして自然界の主役となる種は交代を余儀なくされるのです。

12、自分の子孫はいつかは絶える
 現代のように人口が爆発的に増えている(人類は文明や、医学、科学技術の発展により劇的に人口が増加している)状況は例外として、人口が少なく何万年もほとんど人口増減が起きない状況下にもしあなたが生きていたとして、あなたや子孫が平均12人(昔は子だくさんだった)の子供を産み、世代交代(大人になって子供を産めるようになるまで)の時間を平均20年(昔は早く成人して子供を産めた)としたら、1万年後にあなたの直系の子孫が生き残っている可能性はどのくらいあると思いますか?
算数の計算をしてみてください。答えはほぼゼロです。人口がほぼ一定として、あなたと配偶者の二人が死んでもが平均として二人は子供たちが生き残らないと人口が減るから、答えは2人というのは誤りです。つまり、いくらあなたが健康な子供をたくさん産んだとしても、その子孫がいつまでも生き残っていることはないのです。生物の世界は皆こうです。自分の子孫(DNA)を残す試みは最後には失敗に帰すのです。
このこと(自分の子孫は必ず絶える)は、古代に生息していたある生物の化石が見つかったとしても、その子孫は現在存在しているいかなる生物の先祖でもない。ということです。つまり、化石として見つかった生物の(細かな)特徴はみな独自のもの。従って、系統的な(親から子へと引き継がれる)進化の特徴は、大雑把なものしか得られない。という事実を反映することになるのです。つまり、現在生存している生物の直系の先祖の化石を見つけることは、ほとんど不可能と言うことです。

13、競争に勝つことよりも、競争しないことが有利
 進化論でよく誤解されるのは、今生き残っている生物は、自然界の厳しい環境の中でライバルの種との生き残りをかけた壮絶な戦いに勝ち抜いてきた結果であると。まさに競争に勝つことが生き残りの条件のような言い方ですが。実際は、競争に勝つことよりも、競争を避ける生き方の方が遥かに有利だということです。競争に勝つためには多大なコストが必要です。競争しなければ、そんな余計なコストは必要ありません。もちろん競争を避けるものは、隠れた環境で細々と生きるしかないのです。その為に個体数は増やせません。いずれ環境が変化しライバルたちが姿を消したあとの無人の荒野で、繁殖するチャンスが訪れるかもしれません。今数は少ないが何とか生き残っている種(これらの中には珍しい種も含まれる)は、自分たちの生き残れる環境を見つけ出して、細々ながらも生き残っているのです。そういう種は実に多い。

 結論から言えば、何が生き残る。何が亡びる。何が進化する。なんて一概には何も言えないということです。この性質があったからこの種は生き残った。この機能を持っていたからこの種は生き残った。等生き残る上で有用な性質や機能、あるいは条件などというものはありません。何が生き残った。結局それは偶然の産物なのです。

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